東大祝辞に思うこと①「努力の成果ではなく、環境のおかげ」

教育本の感想

今年の東京大学入学式での祝辞が話題になっていますね。心に突き刺さるような内容だったので、全文をぜひ色々な方に読んでいただきたいと思います→こちら★

祝辞を述べたのは名誉教授の上野千鶴子先生。女性学がご専門です。

冒頭では医学部入試不正、特に女子差別があった事にも触れられ、また東大が女子学生が2割にとどまったままであることにも言及されています。

それについては医学部の元女子学生として言いたい事はあるのですが、今回は長くなるので置いておきます。今回は環境とその成果の使い道について、思うところを書きます。

       

『頑張ったら報われると思えることそのものが、努力の成果ではなく環境のおかげ。』という言葉。

祝辞の一部を抜粋します。

『あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。』

そう、勉強しようにも勉強できる環境にない人はたくさんいます。勉強ができる環境というのは本来とてもありがたいこと。

私は田舎出身なので、女の子は勉強する必要ほないと育てられた同世代や上の世代を多数見てきました。幸い我が家はそういう考えはなく助かりましたが、もし親が無理解だったら今の職業には就けなかったと思います。

だけど恵まれている子ほど恵まれていることには気づかないのだと思います。とくに都会では高偏差値校は、親も高学歴・高収入のご子息が集まります。幼稚園・小学生からそのような学校に入れば、そとを知らないまま大人になります。自分の置かれている環境が恵まれていることに気づきにくいです。

うちの場合は娘を小学校の段階から選抜者のみが集まる集団に入れたので、なおさら気を付けなければならないと思っています。

     

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。 』という言葉。

このお言葉と似たお話は、色々な私学の学校説明会の中で校長先生のお話としても伺いました。ミッション系がほとんどでしたが「勉強したことを社会の役にたてるように」とおっしゃっていたのが印象に残っています。キリスト教での「隣人愛」、仏教では「慈悲」というところでしょうか。改めて言及されるとはっとするあたり、そのような心が私に足りてないかもしれません。そして今の学校教育や家庭でもないがしろにされていることなのかなと。

学問は何のため?自分のため?社会のため?という投げかけは、これからも私自身そして娘にも折に触れて投げかけるべき命題だと思います。


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