前回に引き続き、今年の東大入学式で上野先生が述べられた祝辞から思ったことを書きます。
上野先生の祝辞全文はこちら→★
女子学生が置かれている現実として、東京医大を発端に発覚した女子受験生への差別、そして東大の女子学生の割合も未だに2割を超えないこと、を指摘されています。
女子学生は浪人を避けるため偏差値的に余裕をもった進学先に決めがちなこと、そしてやはり「東大卒」というレッテルを貼られる事への恐れがあるからかなと思います。
私も高校生のころ東大(理3以外)も大丈夫、受けないかと先生方から進められましたが断りました。そこから先のキャリアが見えにくいことへの不安からです。キャリアの見通しが立てやすい医師になるほうが女性の場合は得策だろうと思って、医学部しか受けませんでした。
そして今のところはその選択でよかったと思っています。ライフステージに応じて職場を選ぶことができること、働き方(時間)もある程度選べることは、資格を持っているからこそだと思います。何より「医療」や「医学」はやりがいがありますし、女性にも向いている仕事だと思います。
そして同業の男性は、女性の有能さを認めてくださっている方が多いと感じます。今まで女性だから結婚・出産・育児があるからという理由で、アクティブな職場への派遣をさせてもらえなかったこともありました。同期の男性だけ恵まれているのではないかと悔しく感じたことはありました。けれど根底の部分では、仕事ぶりはきちんと評価してもらっていると感じています。それはやはり優秀かつ教養がある人(上司)が冷静に見ればわかる事だからだと思います。そういう教養と理性のある男性に囲まれて仕事ができるというのは、女性にとって恵まれていることだと思います。
「娘の翼を折らないようにすること」
また上野先生は以下のようにおっしゃっています。
『最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。 』
そう、まだ根強く「女子だから教育はそこそこでいい」という考えは日本にも残っていると思います。教育も仕事も、女性が本当の意味で平等に扱われ、自由になれていないと感じます。まず親の世代である私たちが、そして職場で若手を教育する立場になった私たちがその壁を壊すように努めることが大事だと思います。