秋休みに小4花子と行った沖縄旅行記、続きです。
沖縄の歴史を知るために絶対に連れて行かねばと思っていた箇所は、沖縄戦に関する箇所です。
一学期に学校授業で戦中・戦後の沖縄のことを沖縄出身の方から聞く機会があり、花子も沖縄戦に関心を抱いていました。
旧海軍司令部壕へ
ここは以前何かで読んだ時から、私は絶対に行っておきたいと思った箇所でした。
那覇市外れ飛行場が監視できるような丘に、沖縄戦のときに海軍の司令部が入っていた壕があります。
この壕は兵隊の手で掘られ、全長450m。
末期には日本軍4000名がこの450mにひしめいていたそうで、非常に劣悪な環境となっていたそうです。
電報が打てるような通信室もあり、有名な「沖縄県民はかく戦えり。県民に対して後世特別のご高配を賜らんことを」という一文を6月に太田実少尉が自決前に打った場所でもあります。
そして沖縄での敗北が決定的となり、太田少尉らが自決を遂げた部屋も残され、壁には手りゅう弾の跡が残っているそう。
戦後の調査では、2000名以上の遺骨が収容されたそうです。
そんなおどろおどろしい場所なのですが、目を背けてはいけない気がして行ってみました。
壕内に行ってみましたが…
花子さんも私も、壕に入る階段を降りるときは平気だったのですが。
地下まで到達し少し歩くと、冷たい独特の空気。
花子が「いや!すぐ出る!!」と言い出しました。
↓写真を撮る余裕なんてなかったので、公式ページからのキャプチャで小さい画像しかなかったのですが、雰囲気はまさにこんな感じ。
私も異様な空気の中で見学を続行することができず、すぐに花子の手を取って壕の出口に向かいました。
なぜか私たちが入ったとき壕の中に見学者が全くおらず、誰ともすれ違わなかったんです。
壕に入る前の資料展示室には結構人がいたのに、なぜあのとき誰もいなかったのか?不思議です。
まとわりつく空気を振り切るように出口から地上に出ると、青い空。
何人かの見学者がいてベンチで雑談している光景でした。心底ほっとしました。
SF的にタイムスリップしてしまい1945年に行ってしまっていたらどうしよう?という思いが脳裏をかすめていたので。
後から他の人の書かれた訪問記ブログを見ると、やはり気分が悪くなったとか、写真がなぜかブレるとかという体験をされた方がいらっしゃるようです。
私の拙い言葉で表現すると、壕内にはいろんな強い「念」が詰まっていて、そこに引き込まれそうになる感じがしました。
平和祈念公園へ
式典がよく行われる場所である、平和祈念公園にも行ってみました。
令和天皇と皇后もちょうど10月22日に戦没者慰霊のために訪れていらっしゃいます。
園内はとても広いのですが駐車場に車を止めたところ、運よく周遊カーの運転手さんに声を掛けられ、貸し切り状態でガイドをしていただきました。(なんと1回100円!)
沖縄戦で亡くなった日本人の慰霊碑を、出身県ごとに作られているエリアが興味深かったです。
↓例えば青森県はリンゴのモニュメント付き。
途中、沖縄戦当時、県知事だった島田 叡さんの大きなお墓もありました。
お墓を前にして、ガイドさんのお話も熱もこもっていて
「島田知事のおかげで、沖縄県民は本州に疎開することができ10万もの命が助かった」
「沖縄県民は今も島田知事の偉大さを忘れていない」とお話をしてくださいました。
私は知らなかったのですが、島田知事のことは今年2022年7月に映画「島守の塔」として公開され、今もなお沖縄県民に敬愛されているそうです。
ここでのお墓の大きさ、立派さも、沖縄県の人の思いなんでしょうね。
平和祈念資料館
平和祈念公園内にある資料館です。
ここも非常に広くて、立派な建物で、展示物も充実しています。
琉球王国 → 明治初めの強制的な日本併合 → 太平洋戦争勃発 → 本土を守るため沖縄を犠牲にする沖縄戦 → 戦後米国統治 → 日本復帰
という第二次世界大戦だけでない琉球/沖縄の歴史もスペースをとって紹介されてありました。
大日本帝国によるアジアへの強制的な日本語教育の動画資料が展示されており、そのクレイジーさに花子も目を白黒させていました。
フィリピン人の先生が、フィリピンの子供に日本語を教える授業動画だったのですが、これは当時日本側が録画したものだったのかな。
民族同化の強要は怖いですね。
沖縄戦の様子を伝える資料
住民目線での沖縄戦の様子が動画や写真として分かりやすく展示してあります。
特に沖縄戦のむごさを伝える動画は、分かりやすく説明も加えてあり、花子(小学4年生)でも理解しやすいものでした。
また生き延びた人が語る当時の様子をまとめた資料も読みごたえがありました↓
(ちょうど我々と同じ体験談コーナーで、天皇・皇后両陛下も読まれています。画像はNHK NEWS WEBからお借りしています。)
米軍ではなく、日本軍によって殺戮されていった家族、自決の強要、父親が責任をもって自分の家族を殺していったいう体験談。
花子もずっとこの生き残った人たちによる体験談を読み耽っていました。
一個人が語る体験談をまとめたテキスト展示、そういえば東日本大震災の資料館でもありました。
最近はこういう展示が流行りなのですね。
偉い人が語る総論的な話よりも、一市民の視点で語る体験談の方が心を深くえぐられますね。
ひめゆりの塔
有名な「ひめゆりの塔」の資料館も、この「平和祈念公園」から車で10分弱のところにあります↓
けれど今回、我が家は時間がなく立ち寄ることができませんでした。
平和祈念公園に行かれる際は、ぜひセットでの訪問をおすすめします。
今年は沖縄本土復帰から50年の節目の年
1952年に沖縄は日本に返還されましたので、今年はちょうど50年の節目の年です。
沖縄戦に触れる訪問を通して、なんて無為なことをしたのだと憤りを感じます。
しかし、今のウクライナでも市民を巻き込んだ悲惨なことが繰り返されている現実がただただ無念です。
今回このような場所に小4花子を連れて行くことができてよかったと思います。
小4では消化不良のところも多々あったとは思いますが、日本や世界を知る上で今回感じた「想い」がきっと役立つと思います。